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戦後の日本家族は「nLDK」に囚われてきた。つまり、核家族を前提とした「家」の間取りである。
そこでは「陰翳」のような美意識について考慮されることはほとんどなかった。 また「リビング」「ダイニング」「キッチン」というように、「くつろぐ」こと「食べる」こと「寝る」ことには配慮されてきたが、「収納する」ことが最重要視されてきたとは言えない。
衣服があふれ出してしまった部屋、ハンガーラックが場所を占めてしまった部屋は想像するに難くない。
谷崎は日本の「家」には「陰翳」が欠かせないと言った。 日本人の美意識も、また日本人の食文化も、こうした「陰」のある家屋に育てられたと指摘した。一方、照明を完備した近代以降の「家」からは「陰翳」が失われてしまった。
柳田国男が、室内を照らす光が「汚れ」を目立たせる結果となったと言う事態である。 しかし、現代の日本人の中には、「間接照明」などを用いて、部屋の四隅の「闇」を演出する人も少なからずいる。
現在の日本の「家」でも、「陰翳」は復権し、欠かせないものになっている。
こうしたことから、現代日本の「家」の本質は「暗さ」と「収納」にあると言えるだろう。 -
私たちは「家」に何をしに帰るのか?人間の基本的な生活、衣・食・住のうち、谷崎は食・住の結びつきについて『陰翳礼賛』で詳しく描いた。
ご飯を食べたり風呂に入ったりすることは、店や銭湯などに行けば家の外で済ますことができる。では、家は寝るための場所なのだろうか?
たしかに日本には「畳の上で死にたい」という言葉もある。そこで「家」の本質を「家」の中には何があるか?という観点から考えてみたい。
『地球家族――世界30か国のふつうの暮らし』という写真集がある。世界中の「中流」家庭の「家の中の物を全部、家の前に出して」カメラに収めたこの本は、まさに「家にはどんなモノがある?」ということを主題にした本だ。中流と言っても、風土や地域、暑さや寒さ、湿潤か乾燥しているか、何を生業にしているかによって「家」自体の構造も「家」の中身も異なることがわかる。この写真集を眺めるとき「家」は、「食べる」「入浴する」「寝る」あるいは「くつろぐ」以外に、モノを「収納する」という重要な機能があることに気づかされる。「家」には人間が住むだけではない。 人間が生活するうえで必要な、さまざまモノを納めているのだ。
人間生活の三要素のひとつである衣・食・住の「衣」類は、その大きな位置を占める。衣服の着替えがなくては人は暮らせず、衣服は否応なく「家」を占拠する。
「家」は「食べる」「寝る」「入浴する」などのほかに、「着替える」ための場所でもある。
そして、四季があり、雨季と乾季があり、いまでも儀礼やマナーが重んじられる日本という社会では、衣服は夥しい量にならざるを得ない。
日本の家屋では、もともと、箪笥・長持のような収納器具が広い場所を取っていた。 日本の「家」の本質は、もしかすると「クローゼット」だと言えるのではないか。 -
『陰翳礼賛』出版の2年前、昭和6年(1931年)に民俗学者の柳田国男が刊行した『明治大正史世相篇』という著作がある。
柳田はこの本の中で、家が明るくなったということは、予想以上のいろいろな結果をもたらしたと述べている。
「第一には壁や天井の薄ぎたなさが眼について、知らず知らずにこれを見よくしようという心持の起って来たことである。」
柳田は民俗学の視線から、近代的な照明が「陰」を消し去るだけではなく、汚れを目立たたせる役割を果たしたと言っているのだ。柳田はまた、家のことをもともと「部屋」と呼んだ場合があると言う。そして「主屋(母屋)」とその他の「部屋」の違いは、大きさ以外に「竈屋(かまどや)」がついているかいないかの違いだった。
「部屋」の用途は「寝る」だけで、食事は集まってするのが習慣だったため、そう大きなものでなくともよかったとも言っている。
つまり「食べる」ための「主屋(主室)」と「寝る」ための「部屋」が備わっていることが「家」の要件ということになる。 -
「光」と「陰」に対する東洋人と西洋人の感覚の相違、あるいは思想的相違について、谷崎はこんなふうに考えた。
西洋人は「垢」を根こそぎ暴き立てて取り除こうとするのに対し、東洋人は「垢」を大切に保存して、美化する。
東洋人は、人間の垢や油煙、風雨の汚れが付いたもの、それを想い出させるような「色合い」や「光沢」を愛する。そういう建物や器物の中に住んでいると、東洋人の心は奇 妙に和やぎ、神経が安まるのだと。
谷崎はまた、「暗がり」の中に美を求める傾向が東洋人にだけ強いのはなぜだろうかと問いかける。そして「昔から日本のお化けは脚がないが、西洋のお化けは脚がある代わりに全身が透きとおっている」と言う。東洋人の空想には「漆黒の闇」があるが、西洋人は幽霊さえ「ガラス」のように明るくする。西洋人は部屋の中にもなるべく「隈」を作らないようにし、天井や周囲の壁を白っぽくする。
庭を造る場合も、東洋人が木が深い植え込みを設けるのに対して、西洋人は平らな芝生を広げる。
こうした嗜好の違いはどうして生まれたのだろう。
東洋人は自分が置かれた境遇に満足し現状に甘んじようとするので、暗いことに不平を感じることがなく、仕方がないと諦めてしまう。光線が乏しければ、乏しいなりに闇に沈潜して、その中に「自らなる美」を発見する。
一方で西洋人は、常により良い状態を願ってやまない。 蝋燭からランプに、ランプからガス灯に、ガス灯から電灯にと、絶えず明るさを求めていき、わずかな「陰」も払い除けようと苦心をするというのが、谷崎の見方だった。 -
現代の日本人は照明が完備し、スイッチを付けたり消したりすることで、明るさを調整することができる便利な「家」に住んでいる。では「陰翳」が美しかった日本の「家」に、近代的な「照明」は何をもたらしたのだろうか?
それに対して谷崎は、今日の室内の照明は、四隅の「陰」を消すことに費やされるようになったと言う。そして、光に溢れた部屋のなかでは、食べ物に対する感覚も変わってしまうことを指摘する。日本料理は明るいところで、「白ッちゃけた器」で食べては食欲が半減するだけだと。
谷崎は、日本家屋の「陰翳」と私たち日本人の「食生活」は切り離せないものだという。 日本料理はそもそも「暗い部屋」で食べることを想定した食べ物だ。赤味噌の味噌汁も、あの色から推測すると昔の薄暗い家の中で発達したものである。
「白味噌」「豆腐」「蒲鉾」「とろろ汁」「白身の刺身」といった白い食べ物は、周囲を明るくしたのでは色が引き立たない……。なによりも「白ッちゃけた器」で食べては食欲が半減する。その最たるものが「白いご飯」だ。ご飯は、ぴかびか光る黒塗りの飯櫃に入れられ、暗いところに置かれている方が見ても美しく、食欲を刺戟する。
「炊きたての真っ白な飯が、ぱっと蓋を取った下から煖(あたた)かそうな湯気を吐きながら黒い器に盛り上がって 、一と粒一と粒真珠のようにかがやいているのを見る時、 日本人なら誰しも米の飯の有り難さを感じるであろう。」
日本料理というものは、「陰翳」を基調とし、「闇」とは 切っても切れない関係にあると谷崎は言うのである。
「家」の暗さひとつとっても、これだけのことを考えられるのだ。 -
「家」の本質を考えるにあたって、機能からみた場合、何をする場所なのか?ということが問題になってくる。
所有者からみた場合、誰が住むのか?という問いにいきつく。「家」にはもちろん、人間が住むには違いないが、家族や個人、家畜、ペットにとって「家」とはどういう場所かという問いかけである。つまり、ある建物を「家」と呼べる条件はいったい何かということである。
そもそも「家一般」というものは存在しない。人は地球上のさまざまな地域に住み、その地域の風土に合わせて住んできた。また、職業や階層の違いにより「家」のかたちもさまざまに異なる。さらに同じ地域、同じ階層の人びとが住む「家」でも、過去に遡れば歴史的な変化を遂げてきた。
日本の「家」の変化を考えていては、現在の「家」の本質に近づくにはまわり道になる。だが私は、いまから80年以上前に日本家屋をめぐって書かれた本を読みなおしてみたいと思う。
その本は、『細雪』や『吉野葛』などの名作で知られる文豪、谷崎潤一郎の『陰翳礼賛』だ。
谷崎の『陰翳礼賛』は昭和8年(1933年)に発表された。この本はこれまで、日本人の美意識の根底には「翳」に対する鋭敏な感覚が潜んでいること、日本人の「家」というものに対する考え方、日本の「家」の特質をたいへんよく掴んでいると評価されてきた。こうした歴史的な書物だが、たとえば『陰翳礼賛』の冒頭には次のように記されている。「われわれが住居を営むには、何よりも屋根という傘を拡げて大地に一廓の日かげを落とし、その薄暗い陰翳の中に家造りをする」 。
西洋の家屋にも屋根がないわけではない。 しかし、西洋家屋の屋根は日光を遮蔽するより雨露をしのぐためであり、「陰」はなるべく作らないようにしている。
「日本の屋根を傘とすれば、西洋のそれは帽子でしかない。しかも鳥打帽子のようにできるだけ鍔を小さくし、日光の直射を近々と軒端に受ける。」
谷崎はまた、日本家屋の「座敷」についてこんなふうに書いている。
「日本座敷の美は全く陰翳の濃淡によって生まれているので、それ以外に何もない。」
「陰翳の濃淡」とはいったいどんなことか?日本の座敷は光が醸し出す「翳」、光が入らない隅っこの「陰」によって美しくなる。こうした陰翳のある住まいを、日本人は好んで愛してきたと谷崎は言うのだ。 谷崎は、日本人も「暗い部屋」より「明るい部屋」が便利だったにも関わらず、 「陰翳に満ちた空間」になってしまったではないかと想像する。そして、私たちの祖先は、やむを得ず「暗い部屋」に住むことを余儀なくされたことによって「陰翳」の中に「美」を発見し、「陰翳」を利用するに至った。
『陰翳礼賛』で谷崎は「日本の家」の本質は、室内の「暗さ」だと言っているのである。
Message
私たちの営みの根底には、「社会」とは何かを考えるという行為が常に含まれています。それは学校でも会社でも、あるいは家庭でも道すがらでも同じです。何気なく漠然と生きていると、私たちは「社会」を意識しにくいものです。「社会」を「関係」と言い換えると、わかりやすいかもしれません。学校も会社も家庭も道すがらも、「関係」が交差する場所だと言えます。「関係」の流れを滑めらかにするため、私たちは儀礼や象徴的行為を編み出してきました。また、経済は「関係」の網の目の中から生まれ、「関係」によって左右されます。
学校や家庭にいるときは気づくことがあまりなかったかもしれませんが、これからは「社会」や「関係」が生み出すものごとに、注意するようにしてほしいと思います。
Profile
畑中 章宏
民俗学者
1962年大阪府生まれ。民俗学の手法を用いて、民間信仰、芸術文化、流行風俗、産業、災害等に関する研究、評論活動を展開している。主な著書に『柳田国男と今和次郎―災害に向き合う民俗学』『災害と妖怪―柳田国男と歩いた日本の天変地異』『蚕―絹糸を吐く虫と日本人』『天災と日本人―地震・洪水・噴火の民俗学』『21世紀の民俗学』ほかがある。
上谷 優依
マインドフリー
2017年に新入社員としてマインドリーに入社。立命館大学映像学部でコンテンツマーケティングを学び、趣味の演劇をブランディングの観点でひも解く論文を執筆。 大学卒業後も幅広くチャレンジできる環境を選びたいと思っていたところマインドフリーと出会い入社を決意。現在はソーシャルディレクターとして日々奮闘中。







