はじめに

「家」は“house”と“home”から構成される。
houseとは家、家屋、邸宅であり、homeとは家庭、家庭生活、わが家、 特にイギリスではくつろぎを与える生活のよりどころという意識が強い。*1

“house”の原初は“雨風をしのげる場”である。それは山でテントを張って仮の家をつくったり、 被災の際にテントで緊急の家をつくることからもわかる。 狩猟採集民のハッザ族は移動しながら暮らすため、雨露をしのぐ簡単な家を木の枝と葉でつくる。 それはあくまで建造物としての本質であり、ホテルの部屋や、知り合いの家や、 引っ越したばかりの家などは「家」と認識できるだろうか? “house”はそこでの暮らしの時を刻むことで、やがて豊かな“home”が形づくられてゆく。

“house”としての「家」で暮らした履歴を “記憶”としてとらえる蓄積ができたとき、 はじめてそこを自分自身の“home”として認識できるようになるのではないだろうか。
*1ランダムハウス英和辞典より

私たちの考える「家」の本質とは

「家」とは「心のアルバム」である。

「家」で過ごす時間の積み重ねが、そこでくらす人々の人格を形作ってゆき、 その記憶は心のアルバムとなる。

「家」とは、私たちの身の回りに存在している環境そのものと捉えることが出来る。

地域と家の多様性

家は気候風土による影響を受けるため、地域によって様々な個性がある。 そして一軒一軒の家は街の表情をつくり、それはやがて「地域」の風景をつくる要素となる。
その土地の気候に合わせた家のつくりであったり、その土地にしかない素材を使うことによって、 それぞれの地に固有の家がつくられ、それらは豊かな個性をはぐくんできた。

しかし、近代化と大量生産の波は、家そのものも、 家を取り巻く環境もともにシステム化されることにより、同じ品質や形のものが量産されるようになる。
近年ではかつて多様で個性のみられた駅舎も都市のシステムと共に画一的なデザインとなり、 駅前では量産されるコンビニが並ぶように平準的な風景となっていることと同じ構図である。

違う土地に行っても街並み、街の表情に個性がなくなり、「地域差」というものが感じにくくなりつつある。
机や椅子などの家具も、木材で入念につくられたものと違って、
人口の素材で量産されたものは、表情が生まれづらい。 そう考えると、実は知らず知らずのうちに、 形としても概念としても、「家」の多様性は失われていっているのかもしれない。

「家」と人 

個性的な都市や街を歩くとき、人々はその風景の違いに刺激をうける。
そして、個性のある家がたたずむ姿は、多彩なまちなみを育てる。

住居としての家の多様性は、住む人の個性を育む。
家を個性に満ち溢れるものにして、その中で過ごすことが出来れば、
人々の個性もより豊かに成長させることが出来るのではないだろうか。
私たちが住まい、記憶を積み重ね過ごす「家」とは言わば「心のアルバム」である。

メッセージ

これを読まれる方々は、何らかの形でものづくりに関わる方々でしょう。私自身は研究からものづくりに転身してきました。 どちらにも独創性が求められます。ものづくりをはじめて気づいたのは、独創性の求め方に類似性があることです。それは直観を信じることと全体像から対象をながめることです。
私は動物園のデザインをする際には、まず現地を見ます。ここでの直観で大方のことは決められます。それは敷地とその周囲の全体を見渡しながら、浮かびあがります。ここからさまざまな条件との格闘がはじまります。 同じようなお題に向きあったときは、わざと違う道から進んでゆきます。そうするとまったく新しい風景と発想が開けてきます。一度、決まった案もさまざまな条件でお蔵入りになることもあります。そういう時は嘆かずにチャンスととらえて、一から仕切り直します。すると、すでに仕込みがあるので、前よりもいい案がでてくるから不思議です。直観は本物にであうことから育まれるのだと思います。自然のいとなみから本物を読み解くことができれば、鉱脈を見つけたようなものですね。

造園家/動物園デザイナー
若生 謙二

動物園デザイナーとして多くの動物園でデザインの発信にとりくむ。最新作は2016年 に完成した宇部市ときわ動物園。テナガザルが森の中をとびかう「アジアの森林」、 クモザルが樹上を渡りカピバラが泳ぐ「アマゾンの水辺」。動物園から緑のまちづく りをテーマに、大阪府立農芸高校では校門前にアルパカの丘をつくる。
大阪芸術大学教授、ヒトと動物の関係学会会長、日本展示学会会長。日本造園学会 賞、及び同特別賞受賞。

MindFree/コーダー
小林 伸之介

2018年、大阪芸術大学放送学科卒業。大学時代は“アナウンス”を専攻し、喋り方やイントネーションの変遷を学びながら、イベント司会やラジオ番組への出演を経験。 また、サークル活動を通して他学科の友人から影響を受け、映像制作やデザインを独学する。 卒業制作では若生さんの活動を一年間密着したドキュメンタリー番組を制作し、学長賞を受賞。
MF入社後はECサイトの制作・運用チームのコーダーとして、日々案件に取り組んでいる。